花ざかりの森。

物書き・伊織花純(硴水巴菜)の情報や小説置き場です。

2017-10-01から1ヶ月間の記事一覧

quartetto~四兄弟狂騒曲~(1)

*結構前に書いた2万文字くらいの中編寄りの短編です。 「ちょっと、いいか?」 ナイターを観ていた俺、深水諒の背後で、遠慮がちな声がした。 俺がナイターを観ているときは――それも、巨人が負けているときは特に――声を掛けてはいけないと言うのは、我が家…

quartetto~四兄弟狂騒曲~(2)

東京に入梅宣言が出されて一週間。 もちろん、そんな季節でも我が家の朝は変わらない。 午前六時半になると、隣の部屋で目覚ましが鳴り響き、無視しきれずに目覚めてしまった我が身を呪いながら、咽喉の奥で「五月蝿い」と繰り返す。 隣室の弟が、そのキャラ…

quartetto~四兄弟狂騒曲~(3)

「やっぱ、おかしいわ。あの二人」 夜の仕事をする量也兄と粗末な昼食を済ませ、インスタントのコーヒーを飲みながら、俺は切り出した。 口うるさい長兄も、人を小馬鹿にしたような末弟もいなくて、本当ならバラエティの再放送でも見ながら、のほほ~んと過…

quartetto~四兄弟狂騒曲~(4)

久々の家族旅行。 最後に行ったのは、俺の記憶に寄れば、お袋がやたらと入退院を繰り返すようになる前だから、どう少なく見積もっても十年以上前のことだ。 旅の始まる朝は、梅雨の合間とは思えないほどの快晴だった。 寸前まで、なんだかんだと理由をつけて…

quartetto~四兄弟狂騒曲~(5)

翌朝――。 あんな光景を見ちゃった割にはぐっすりと眠れたのは、量也兄の泰然自若の影響が強かったからみたいだ。 眼を覚ますと、まだ皆、眠っていた。 俺は、しばらく天井を見上げた後で、誰も起こさないように気をつけて起き上がった。 朝風呂に入って、更…

BAD-Capsule

ふしゅっと蒸気の音がする。噴き上がる黒と白の煙が交ざり合い、いつの頃からか青い空は見えなくなった。食堂の前に植えた花々たちもしょげている。水をやりながら彼は全身から絞り出すような溜め息をひとつ。「花にも動物にも人間にも青い空や綺麗な空気は…

我、我のために死せり

「俺は天皇陛下万歳なんて言わない」 彼は呻くように呟いて背を向けた。 かっちりした仕立ての黒い海軍軍服の下で、逞しい肩幅が窮屈そうに上下した。 「水野…?」 俺は小さく問い返して、彼を覗き込もうとした。 彼はさらりを顔を逃がした。 「軍人として恥…